順極限ℝ^∞とdominating number

位相空間の順系{\{\mathbb{R}^n\}_{n\in\mathbb{N}}}の順極限{\mathbb{R}^\infty}を考えよう.

つまり,{n \le m}に対し,

{i_{nm}: \mathbb{R}^n \to \mathbb{R}^m; (x_1, \dots, x_n) \mapsto (x_1, \dots, x_n, \underbrace{0, \dots, 0}_\text{$m - n$個})}

により,{\{\mathbb{R}^n\}_{n\in\mathbb{N}}}は順系をなすので,この順極限を{\mathbb{R}^\infty}とする.

この空間は幾何学においてグラスマン多様体やそのバンドルを考えるときなどに登場し重要な役割を果たす.

実はこの空間の指標{\chi(\mathbb{R}^\infty)}がdominating numberと呼ばれる基数{\mathfrak{d}}になっている. 指標とは位相空間の各点の近傍基の最小のサイズの上限である.たとえば位相空間が第一可算ならば指標は{\aleph_0}である. dominating number {\mathfrak{d}}は基数不変量と呼ばれるものの一つで,{\aleph_1}以上{2^{\aleph_0}}以下なことは分かっているが,具体的な値はZFCでは定まらない. そのような基数が,幾何学で自然に登場する空間の自然な不変量の値として現れるのはなかなか面白い.

この記事では{\chi(\mathbb{R}^\infty) = \mathfrak{d}}の証明を目標としよう.

{\mathfrak{d}}について

{\mathbb{N}}から{\mathbb{N}}への写像の集合{D}がdominating setとは

{\forall f: \mathbb{N} \to \mathbb{N}, \exists g \in D, \forall n \in \mathbb{N}, f(n) \le g(n)}

を満たすことと定める. dominating number {\mathfrak{d}}は次で定義される:

{\mathfrak{d} = \min \{|D| : D \subset \mathbb{N}^\mathbb{N}, \text{$D$はdominating}. \}}

{\mathbb{N}^\mathbb{N}}の濃度が連続体なので,{\mathfrak{d} \le 2^{\aleph_0}}は明らか. {\mathfrak{d}}{\aleph_1}以上なことは対角線論法で示せる. 実際,可算なdominating set {D \subset \mathbb{N}^\mathbb{N}}があったとしよう. {D = \{ f_i : i \in \mathbb{N} \}}とする. {f: \mathbb{N} \to \mathbb{N}}を次で定める.

{f(n) = \max\{f_i(n) : i \le n\} + 1.}

このときどんな{i}についても{f_i(i) \lt f(i)}である.これは{D}がdominating setであることに矛盾している.

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{\mathfrak{d}}{\aleph_1}以上{2^{\aleph_0}}以下なことはわかったが,具体的な値はZFCでは決定できない. 実際,強制法により{\mathfrak{d}}の値は割と自由に動かせる.たとえば,{\mathfrak{d} = \aleph_{2020}, 2^{\aleph_0} = \aleph_{11922960}}であるZFCのモデルを得ることができる ({2020, 11922960}は好きな{1}以上の自然数に変更可能).

{\mathbb{R}^\infty}について

{\mathbb{R}^\infty}は順極限により定義したが,この定義のままでは使いづらい. そこで具体的な集合とその上の位相により{\mathbb{R}^\infty}を構成する.

まず

{X = \{ x \in \mathbb{R}^\mathbb{N} : \text{有限個を除く全ての$n$で$x(n) = 0$} \}}

とおき,{X}上の位相を次で定める.

{\text{$U \subset X$が開集合} \iff \text{任意の自然数$n$について$U \cap \mathbb{R}^n$が$\mathbb{R}^n$の開集合}}

このときこの位相空間{X}が順極限{\mathbb{R}^\infty}になっている. これは普遍性を地道に確かめればよい.

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以後{\mathbb{R}^\infty}と書いたら,ここで構成したものとする.

{\chi(\mathbb{R}^\infty) = \mathfrak{d}}の証明

{\mathbb{R}^\infty}において平行移動は同相写像であるので,どの点で考えても近傍基のサイズは変わらない.そこで{0}の近傍基のサイズを考える.

{\mathfrak{d} \le \chi(0, \mathbb{R}^\infty)}について. {\mathcal{U}}{0 \in \mathbb{R}^\infty}の近傍基とする. 自然数の列{(x_n)_{n \in \mathbb{N}}}に対して,

{U=( (-1/x(1), 1/x(1) )\times(-1/x(2), 1/x(2) )\times\dots) \cap \mathbb{R}^\infty}

とおくと,上の注意より{\mathbb{R}^\infty}の開集合であり{0}を含む. よって,{\mathcal{U}}{0}の近傍基なことから{V \in \mathcal{U}}で,{V \subset U}なものがとれる.

こうしてとれた{V}に対して次のように自然数{(y_n)_{n \in \mathbb{N}}}を定める.

{V \cap \mathbb{R}^n}{0}を含む{\mathbb{R}^n}の開集合なことから{(\underbrace{0, \dots, 0}_{\text{$n-1$ times}}, 1 / y(n)) \in V \cap \mathbb{R}^n}なる{y(n) \in \mathbb{N}}をとる. すると,{V \subset U}より{y(n) > x(n)}である. 上の{V}から数列{y}をとる操作を選択公理により固定しておいて,{y_V}と書こう.

するとどんな自然数{(x(n))_{n \in \mathbb{N}}}に対しても,{V \in \mathcal{U}}が存在して,すべての自然数{n}{x(n) \lt y_V(n)}. よって{\{y_V : V \in \mathcal{U} \}}自然数列の全体をdominateしている. したがって,{\mathfrak{d} \le |\mathcal{U}|}である.

逆向きの不等号{\chi(0, \mathbb{R}^\infty) \le \mathfrak{d}}を示す. dominating set {D \subset \mathbb{N}^\mathbb{N}}であって,{|D| = \mathfrak{d}}なものをとる.各{x: \mathbb{N} \to \mathbb{N}}に対し,

{U_x=( (-1/x(1), 1/x(1) )\times(-1/x(2), 1/x(2) )\times\dots) \cap \mathbb{R}^\infty}

とおき,{\mathcal{U} = \{U_x : x \in D \}}を考える. {\mathcal{U}}{0}の近傍基なことを示す. {U}{0}の近傍とする.すると各{n}について{U \cap \mathbb{R}^n}{\mathbb{R}^n}内の{0}の近傍. よって十分小さく正の実数{\varepsilon_n > 0}をとることで,{(-\varepsilon_n, \varepsilon_n)^n \subset U \cap \mathbb{R}^n}となる. {1/x_n \lt \varepsilon_n}となる自然数{x_n}をとる. そして,{D}がdominatingなのですべての{n}{x_n \le y(n)}となる{y \in D}をとれる. このとき{U_y \subset U}となる. したがって,{\mathcal{U}}{0}の近傍基である. よって,{\chi(0, \mathbb{R}^\infty)  \le \mathfrak{d}}が示せた.

補足

{\mathbb{R}^\infty}は直積空間{\mathbb{R}^\mathbb{N}}の部分空間{X = \{ x \in \mathbb{R}^\mathbb{N} : \text{有限個を除く全ての$n$で$x(n) = 0$} \}}とは同相ではない. これは上で証明したことから分かる.なぜなら,{\mathbb{R}^\mathbb{N}}は第二可算なのでその部分空間も第二可算. しかし,{\mathbb{R}^\infty}は指標が非可算なことを示したので第一可算ですらない.

参考文献

  1. functional analysis - Inductive Limit Topology and First Countability - Mathematics Stack Exchange