週刊 MAのモデルを作る #00 MA (マーティンの公理)とは何か

このシリーズ「週刊 MAのモデルを作る」ではマーティンの公理のモデルを作ってその無矛盾性を示すことを目標にする.週刊と銘打ったが本当に毎週記事を出せるかは分からない.前提知識はZFCの公理,順序数,基数,累積階層程度に留めるつもりである.必要となる強制法の初歩は一連の記事の中で解説する.

マーティンの公理とは集合論における命題の一つである.それはZFCから証明も反証もできない. マーティンの公理は性質のよい半順序集合とその稠密集合の族で族のサイズが連続体濃度未満のものが任意に与えられたとき,その族のメンバーであるどの稠密集合とも交わるフィルタ―がとれることを主張する. その意味は定義だけ見ても理解しづらいが,この公理から興味深い命題が従う.以下がマーティンの公理から従う命題のうちのいくつかである.

  • 実数全体{\mathbb{R}}ルベーグ測度{0}集合が連続体濃度未満個与えられたとき,それらの和集合は測度{0}
  • 実数全体{\mathbb{R}}のmeager集合が連続体濃度未満個与えられたとき,それらの和集合はmeager.
  • Suslin木が存在しない.
  • 自然数から自然数への写像の族{\langle f_\alpha : \alpha \lt \kappa \rangle, \kappa \lt 2^{\aleph_0}}, 各{f_\alpha}{f_\alpha: \omega \to \omega}なものに対して一個の関数{g: \omega \to \omega}ですべての{f_\alpha}を抑えられる:

\forall \alpha \lt \kappa, \exists n_0 \in \omega, \forall n \ge n_0, f_\alpha(n) \le g(n).
  • 自由でないWhitehead群が存在する.
定義 1

{(P, \le)}を半順序集合とする.つまり{\le}{P}上の反射的,推移的関係とする.

{D \subset P}稠密であるとは任意の{p \in P}に対して{q \in D}が存在して{q \le p}を満たすこととする.

{G \subset P}フィルタ―であるとは次の2条件を満たすものを言う.

  • 任意の{p, q\in P}に対して,{q \le p}かつ{q \in G}なら{p \in G} ({G}は上に閉じている).
  • 任意の{p, q \in G}に対して,{r \in G}が存在して{r \le p, q} ({G}は有向).

{p, q \in P}に対して{p}{q}両立するとは{r \in P}が存在して{r \le p, q}となることとする.これを記号で{p \parallel q}と書く. {p}{q}が両立しないことを{p \perp q}と書く.

フィルタ―{G \subset P}と稠密集合の族{\{D_i : i \in I\}}に対して,{G}{\{D_i : i \in I\}}に関してジェネリックであるとは,すべての{i \in I}について


G \cap D_i \neq \emptyset

となることである.

例 2

例として,


P_c = \{ (a, b) : a, b \in \mathbb{Q}, a < b \}

を考える.ただし{(a, b)}は実数{\mathbb{R}}の中の開区間である. {P_c}を通常の包含{\subset}で順序付ける.

実数{x \in \mathbb{R}}に対して


G_x = \{ (a, b) \in P_c : x \in (a, b) \}

とおくと,{G_x}はフィルタ―である.

{p, q \in P_c}に対して{p, q}が両立するのは,{p \cap q \ne \emptyset}であるときである.

実数{x}に対して,


D_x = \{ (a, b) \in P_c : x \not \in [a, b] \}

は稠密集合である.

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また,正整数{n}に対して


E_n = \{ (a, b) \in P_c : b - a < \frac{1}{n} \}

も稠密集合である.

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実は次が言える.

主張: {P_c}のフィルタ―{G}{\{ D_x : x \in \mathbb{R} \} \cup \{ E_n : n \in \mathbb{Z}_{> 0} \}}に関してジェネリックなものは存在しない.

∵) {G}がそういうフィルタ―だとする. {G}は有限交叉性を満たす. なぜなら{G}から有限個メンバーをとってきて{(a_0, b_0), \dots, (a_n, b_n)}とする. このとき{G}の有向性よりどの{i \le n}についても{(a, b) \subset (a_i, b_i)}となる{(a, b) \in G}がとれる.すると{\emptyset \ne (a, b) \subset \bigcap_{i \lt n} (a_i, b_i)}なのでこれら有限個のメンバーは交わるからである.

さて,{G}{\mathbb{R}}有界区間の族で有限交叉性を満たすものなので,


\bigcap_{p \in G} \overline{p} \ne \emptyset

を満たす. ただし,{\overline{p}}{p \subset \mathbb{R}}の閉包である. 実は,{\bigcap_{p \in G} \overline{p}}は一点集合である.実際,2点{a, b}があるとしたら,その2点の距離{b - a}より{1/n}が小さくなるように正整数{n}をとる.すると仮定より{G \cap E_n \ne \emptyset}でないといけないが,これはどんな{p \in G}についても{p}の幅は{b - a}以上あることに矛盾している.

そこで{\{x\} = \bigcap_{p \in G} \overline{p}}としよう. 仮定より{G \cap D_x \neq \emptyset}でないといけないが,その元{(a, b)}をとると,{x \in [a, b]}かつ{x \not \in [a, b]}となって矛盾. //

ジェネリックフィルターという概念の解釈

上の証明を見ても分かる通り,この半順序集合{P_c}の元というのは一つの実数の近似だと思える.強制法やマーティンの公理のような強制法公理では半順序集合{P}は構成したいものを近似する元の集まりであり,{p, q \in P}に対して{p \le q}{p}の方が近似したいオブジェクトに対してより多くの情報を持っていると解釈する.そしてジェネリックフィルター (またはジェネリックフィルターから得られる実数などの対象)こそが構成したいオブジェクトである.

ジェネリックフィルターの条件をこの解釈に沿って読もう. {G}は上に閉じているという条件は{G}にある近似が入っていたら,それより情報量の少ない近似も入っているという条件である. {G}の有向性は,{G}に入っている2つの近似を貼り合わせられることを主張している.これは2つの近似が矛盾していないことを含意する.つまりフィルタ―とは貼り合わせられる近似元の集まりである.

{G}ジェネリック性,つまり多くの稠密集合と交わるというのは次のように解釈できる.まず,稠密集合$D$というのはどんな近似$p$も延長すれば$D$の元に入るのだから,$P$の元が持つ一つの一般的な性質を表している.そこで多くの稠密集合と交わるというのは,「近似元が持つ一般的な性質は$G$も満たしている」ということである.

定義3

{(P, \le)}を半順序集合とする.{A \subset P}が反鎖であるとは任意の異なる{p, q \in A}について{p \perp q}を満たすことをいう. {P}が可算鎖条件 (ccc; countable chain condition)を満たすとは,{P}の反鎖がどれもたかだか可算なことを言う.

定義4

{\kappa}を無限基数とする.{\mathrm{MA}(\kappa)}とは次の主張である: 任意のccc半順序{(P, \le)}{P}の稠密集合の族{\{D_\alpha : \alpha \lt \kappa\}}に対して,{P}のフィルター{G}であって,{\{D_\alpha : \alpha \lt \kappa\}}に関してジェネリックなものが存在する.

{\mathrm{MA}} (マーティンの公理)とは次の主張である: 任意の{\kappa \lt 2^{\aleph_0}}に対して{\mathrm{MA}(\kappa)}である.

命題5
  1. {\mathrm{MA}(2^{\aleph_0})}ではない.
  2. {\mathrm{MA}(\aleph_0)}である.

証明.実は,(1)は例 2ですでに示されている.この例の{P}{P}自体のサイズが可算なのでcccを満たすことに注意. (2)を示す.

{(P, \le)}を半順序,{\{D_n : n \in \omega\}}を稠密集合の可算族とする. {p \in P}をとる. {p_0 \in D_0}{p_0 \le p}となるようとる. 続いて{p_1 \in D_1}{p_1 \le p_0}となるようとる. 同様に{p_2 \in D_2}{p_2 \le p_1}となるようとる. 同じことを繰り返すことにより,{P}の元の下降列{(p_n : n \in \omega)}{p_n \in D_n}となるものがとれる.

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すると


G = \{ q \in P : \exists n \in \omega, p_n \le q \}

{\{D_n : n \in \omega\}}に関するジェネリックフィルターである. □

このシリーズの目標は{\mathrm{MA}}の無矛盾性を示すことである.ただし,連続体仮説{\mathrm{CH}}が成り立っている場合は{\mathrm{MA}}は形式上成り立つので,{\mathrm{MA} + \neg \mathrm{CH}}の無矛盾性を示す.

次回は{\mathrm{MA}}の応用を一つ述べよう.与えられた自然数から自然数への関数の族を一つの関数で抑えるという例を最初に挙げたが,それを扱う.

参考文献
  1. K. Kunen (2011) "Set Theory" College Publications
  2. 藤田博司 (2018) 『公理的集合論入門講義』
  3. 新井敏康 (2011) 『数学基礎論岩波書店
  4. 石井大海 (2016) 『Boole値モデルと強制法』 https://konn-san.com/math/boolean-valued-model-and-forcing.pdf

全体を通して1を参考にした.2は数学カフェというイベントの原稿で公開されてはいない.しかし,本としていつか出版されるようである.Cohen強制を有理区間としての表現をするやり方を参考にした. ジェネリックフィルターの概念の解釈については3のと4を参考にした.